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千葉地方裁判所佐倉支部 平成10年(ワ)229号 判決 2000年11月29日

千葉県佐倉市<以下省略>

原告

右訴訟代理人弁護士

河本和子

東京都中央区<以下省略>

被告

みずほインベスターズ証券株式会社(旧商号、勧角証券株式会社)

右代表者代表取締役

右訴訟代理人弁護士

新保義隆

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告に対し、金三三五〇万五七四七円及びこれに対する平成一〇年七月一八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、別紙全取引状況一覧表(平成八年九月二四日から同九年九月三〇日までの証券取引であり、詳細は別紙売買明細表の各取引〔平成四年一月一日から同九年九月三〇日までの取引〕の右期間に対応する取引である。なお、右一覧表中のNOは右明細表の左端の手書数字部分に各対応する。以下、右一覧表を別紙一といい、右明細表の該当部分を含むものとして使用する)のとおり、①信用取引、②株取引、③外国債券取引、④投資信託取引、⑤債券取引を行った原告が、被告に対し、適合性の原則違反、説明義務違反・断定的判断の提供、無断売買・一任売買、過当売買を理由とする不法行為(民法七〇九条、七一五条)に基づく損害賠償請求権に基づき、同八年一〇月三一日現在の全取引の簿価六五二六万二九一六円から同九年一一月二八日現在の全取引の簿価二八九五万八〇〇〇円と被告から振込のあった五七九万九一六九円を控除した損害額三〇五〇万五七四七円及び弁護士費用三〇〇万円の合計三三五〇万五七四七円、並びにこれに対する訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな同一〇年七月一八日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求めている事案である。

一  争いのない事実等(証拠を明示した以外の部分は争いのない事実又は明らかに争わない事実)

1  当事者等

(1) 原告は、a社に勤務しながら、昭和三〇年三月にb大学c部(夜間部)を卒業し、同三六年にd社に勤め、団地・住宅の建築計画、設計、再開発事業等を担当し、同五九年に退職した。退職後、原告は、同六三年から平成四年までe株式会社(以下、e社という)の取締役、同四年から同六年まで同社の顧問を歴任後、同七年にf株式会社の顧問に就任して現在に至っている(原告の供述)。

この間、原告は、被告の設置した有楽町支店(以下、被告支店という)において、昭和五五年六月三〇日に取引口座を開設し、ミリオンを買い付け、その後、約五年間は証券取引をしなかったが、d社の退職金が出たことから、同六〇年三月に総合取引口座を開設し、総合取引約款等に基づき、別紙取引経過一覧表(以下、別紙二という。原、被告間の全取引を取引の種類に関係なく時系列でまとめたもの)中の平成八年九月中旬(別紙一の取引直前の時期)まで、株式、投資信託、債券(転換社債を含む)、新株引受権等の取引を行ってきた。

(2) 被告は、証券取引法に基づく大蔵大臣の許可を得て、有価証券の売買等の仲介、取次、代理並びに有価証券市場における有価証券の売買等の委託等の証券業務を目的とする会社である。

(3) B(以下、Bという)は、被告支店に同六年四月から同一〇年九月まで勤務し、原告の担当営業社員であった者であり、C(以下、Cという)は、同八年五月から同一〇年九月まで被告支店の副支店長の職にあった者である(乙第三三、第三四号証)。

2  外国証券取引

原告は、被告宛に外国証券(外国新株引受権証券、外国債券及び外国投資信託証券を含む)取引に関し、昭和六一年一一月一九日付、平成元年八月二日付、一〇月四日付で外国証券取引口座設定約諾書(乙第六号証の一ないし三)を、一〇月四日付で「外国新株引受権証券の取引に関する説明書の内容を確認し、私の判断と責任において外国新株引受権証券取引を行う」旨の外国新株引受権証券の取引に関する確認書(乙第五号証)を差し入れた。

3  貸借銘柄以外の銘柄の信用取引に関する承諾書

原告は、同八年九月一八日付で「貸借銘柄以外の銘柄の信用取引に関する承諾書」に署名捺印して被告に差し入れた。これには、信用取引口座約諾書の記載事項に従うこと、原告が被告に支払うべき金銭については、原告が被告に差し入れた委託保証金をもって充当し、不足がある場合には遅滞なく別途委託保証金を預託すること、被告から受け取るべき金銭については委託保証金に預け入れること、原告が買い付けた有価証券等については委託保証金代用有価証券として預け入れること(代用有価証券として不適格のものは除く)が明記されていた(乙第七号証)。

4  信用取引口座設定約諾書

原告は、同八年九月一八日付で被告宛に左記記載のある信用取引口座設定約諾書を差し入れた(乙第七号証)。

原告は被告に信用取引口座を設定するに際し、法令、その信用取引にかかる売買取引を執行する証券取引所の受託契約準則、定款、業務規定、その他諸規則、決定事項及び慣行中、信用取引の条件に関連する条項に従うとともに次の事項を承諾し、これを証するためにこの約諾書を差し入れる。

(1) 原告が今後被告との間の信用取引において借り入れる金額、買付有価証券、借り入れる有価証券、売付代金、委託保証金、売買の決済による損益金、金利、その他授受に関する金銭は全てこの信用取引口座で処理する。

(2) 原告が信用取引に関し、被告に対し負担する債務を所定の時限までに履行しないときは、通知、催告を行わず、かつ法律上の手続によらないで、担保として預け入れてある有価証券を、原告の計算において、その方法、時期、場所、価格等は被告の任意で処分し、それを適宜債務の弁済に充当しても異議はなく、残債務がある場合には直ちに弁済を行う。

5  信用取引制度説明書

被告は、遅くとも同八年九月一八日頃、原告に対し、全国証券取引所日本証券業協会作成の信用取引制度説明書を交付したが、その冒頭には「信用取引制度」という大見出しの下に「この説明書を十分お読みいただいた上、信用取引を行って下さい」との記載がある他、更に次のように明記されていた(乙第八、第一九号証)。

(1) 信用取引は、投資者が一定の保証金を証券会社に担保に入れ、売付に必要な株券や買付に必要な資金を借り入れて売買し、投資者が選択した期間内に返済する取引である。投資者が選択する期限には「三か月以内」と「六か月以内」の二種類があり、どちらかを委託時にその都度選択できる・・委託時に決めた期限を超えて信用取引を継続することはできない。信用取引は投資者の資金がそれ以上の動きをするから、資金に比べて大きな利益を期待できるが、予想と違った場合には損失も大きくなる。したがって、信用取引を利用するときは、その仕組みをよく知り、投資者自身の判断と責任において開始する必要がある。

(2) 注意事項

① 信用取引で売買した株券が、その後の値動きで計算上大きな損失を出したり、保証金代用証券が値下がりして委託保証金の率が二〇パーセント未満になったときは不足額を翌々日正午までに差し入れてもらう(但し、委託保証金の率が二〇パーセント未満にならなくても追加保証金を差し入れてもらうことがある。いわゆる「追い証」)。

② 信用取引には委託手数料の他、金利、管理費、権利処理等手数料等の諸経費が必要である。

6  信用取引に関する確認書

原告は、同九年六月一九日に至り、被告宛に「被告が独自に指定した銘柄の信用取引において、被告が増担保又は発注時前の保証金の預託を請求した場合には、これに応じる」旨の信用取引に関する確認書を差し入れた(乙第九号証)。

7  月次報告書・回答書

被告は、証券取引を行っている顧客に対し、月次報告書・回答書を毎月郵送しており、顧客は内容を確認の上、被告宛に返送するが、原告は、自ら必ず、被告支店の店頭に赴いて、CやBに取引内容を直接確認の上、回答書に署名捺印していた。この月次報告書には、約定日、証券取引の区分、数量、単価、金銭の移動明細(入出金又は売買代金)等が明記されていた。また、回答書にも約定日、証券取引の種類、銘柄、数量、買付単価等が、信用取引については建玉(信用取引で売買したまま未決済になっている株式)の銘柄、約定日、売買の種別、株数、単価、作成基準日現在の時価、評価損益、諸経費・受取利息、最終決済日等が各明記されていた(以上について甲第一一号証の一ないし二〇、乙第二〇ないし第三二号証の各枝番、証人B、原告の各供述)。

8  Bらは、同八年九月二四日から同九年九月三〇日にかけて、別紙一のとおり、原告の名義及び計算において信用取引、現物取引、外国債券取引、投資信託取引、債券取引を行ったが、特に信用取引については指値による注文が多かった(甲第一号証、第二号証の一ないし一一、第三号証の三ないし五、第四ないし第六号証、第七号証の一ないし八、第八号証の一ないし一一、乙第一一号証、第一五号証の一ないし二六、第一六、第一七号証の各一ないし一一七、原告の供述、弁論の全趣旨)。

9  Bの作成した「委託株式注文伝票」に記載されている信用取引に関する売買受注の日時は別紙信用取引売買受注一覧表(以下、別紙三という)のとおりである。

二  争点

1  不法行為の成否

(一) 原告

(1) 適合性の原則違反(顧客の意向、財産状態、投資経験等に適合した投資勧誘を行う必要があるとの原則)

証券取引に関し、①別紙一の取引当時の証券取引法(以下、旧証券取引法という)五四条一項一号が「有価証券の買付け若しくは売付け又はその委託について、顧客の知識、経験及び財産の状況に照らして不適当と認められる勧誘を行って投資者の保護に欠けることになっており、又は欠けることになるおそれがある場合」には、内閣総理大臣が是正監督命令を出せるとして適合性の原則を明文化していること、②同法五四条一項二号を受けた「証券会社の健全性の準則等に関する省令」は、頻繁取引、無断売買、不適当条件等の引受等を「公益又は投資者保護のため、業務状況につき是正を加えることが必要な場合」として規定していること、③公正慣習規則九号「協会員の投資勧誘、顧客管理等に関する規則」が、投資者保護のため、顧客カードの整備(四条)、信用取引、先物取引開始基準の制定(五条)、過当勧誘の防止(八条)、取引一任勘定取引の管理体制の整備(一四条)、社内規則等の届出(二一条)を規定していること、④旧証券取引法四九条が、「証券会社並びにその役員及び使用人は、顧客に対して誠実かつ公正に、その業務を遂行しなければならない」と定めていることに照らすと、証券会社は顧客の最大の利益及び市場の健全性を確保するため、顧客に対し、誠実かつ公正に行動しなければならないという私法上の法的義務があるというべきところ、殊に、外債は為替差損を生じ元本保証がないこと、信用取引の仕組みは難解でリスクも大きいこと、投資信託は投資家の少額資産を大量に集中させ投資専門家に一任するものでリスクを伴うこと等の特質があるから、証券会社は顧客の属性を考慮し、不適合な取引を勧誘してはならず、投資経験や投資知識が十分な資金的に余裕のある顧客に限定して各商品を勧誘すべきであり、これに違反した場合には適合性の原則違反として顧客に対する不法行為が成立するというべきである。

これを本件についてみると、原告は、①技術畑の出身であり、信用取引や投資信託等の知識が欠如していたこと、②平成八年当時、満六八歳の老齢に達していたこと、③Bらから勧誘を受けるとそのまま信用して取引に応じる傾向にあったこと、④新たな資金提供ができない状況にあったこと等に照らすと、原告には別紙一の取引数量、頻度、代金総額に達するような証券取引を行う適合性がなかったにもかかわらず、Bらは、右諸事情を熟知しながら、原告をして別紙一の証券取引を行わせたのであるから、原告に対する不法行為責任を免れないというべきである。

(2) 説明義務違反等

証券会社は、顧客に対し、誠実、公正義務(旧証券取引法四九条)、書面の交付義務(同法四七条の二)があり、信用取引については説明書交付義務及び説明義務がある(公正慣習規則九号)。ところが、Bは、原告に対し、株や外債に関する売買については一部説明したが、他の取引の仕組み・リスクを説明しなかった。殊に、信用取引については、Bは、原告に対し、信用取引の仕組み、決済期間、危険性等を説明すべき義務があるのに、平成八年九月一八日頃、原告に対し、「信用取引は現金がなくても取引できる。外債よりも利益を見込める。原告の取引額は四〇〇〇万円以上になっているが、そのような顧客は皆信用取引をしている。小規模で損が出ないように取引をする。月額二〇万円程度は確実に利益が上がる」とか、その後もMMFについては買付約束に反してダイナミックオープンを無断で購入しながら、両者は同じようなもの等と虚偽の説明(旧証券取引法五〇条一項六号、健全省令二条一号)をしたり、断定的判断の提供を伴う勧誘(同法五〇条一項一号、二号)を行った。これに対し、原告は、Bの右説明を信用して関係書類に署名捺印の上、信用取引を開始したり、ダイナミックオープンの買付を事後承認した。

よって、被告側の右説明義務違反等は不法行為に該当する。

(3) 無断売買又は一任売買

無断売買が禁止されていることは当然であるし、一任売買は顧客の自己決定権を侵害する行為であり、いずれも権限濫用による手数料稼ぎの危険性が高いために禁止されているのであるから(旧証券取引法五〇条一項三号)、証券会社がこれに違反した場合には不法行為が成立するというべきところ、Bは、別紙一のとおり、株の極一部、外債の売買を除いて、売買の別、銘柄、数量、価格等を独断で決定して無断売買を行ったのであり、仮にそうでないとしても一任売買をしたのであるから不法行為責任を免れない(即ち、Bは、原告に対し、「任せて下さい」と述べたことから、原告もこれを承知したが、一任売買を問題視する記事が掲載されたことから、原告は、平成八年九月二〇日頃、被告支店に赴き一任売買の問題点に関して質問した。これに対し、Bは、「一任取引というのは顧客が総会屋や暴力団の場合をいうのであり、原告の場合には違う」等と適法であるかのように原告を欺いて取引を継続させた)。

確かに、原告は、月次報告書を見て回答書を被告支店に持参したが、信用取引については月次報告書からは判断できなかったこと、信用取引が頻繁になった同八年一一月以降は、銘柄、数量ともに膨大でチェックできなかったこと、現金の出し入れもなく、Bを信用していたために注意しなかったこと、Bに質問しても「うまく行っています。同九年末には七〇〇〇万円になる見込みです」等の説明を受けたことから、回答書に署名捺印したにすぎない。

なお、別紙三の受注日時と原告の行動日程の比較から明らかなとおり、原告は、週二日、午前八時三〇分に自宅を出て、午前九時五〇分頃にf株式会社に出社、午後一時頃退社していたこと、原告は、執務中は電話したことも受けたこともないこと、原告は携帯電話を所持しておらず通勤途中の電話をできないこと、原告は、頻繁にゴルフコンペに出場したり、ゴルフ練習場に赴いていたから、被告主張の取引時に連絡を受けることは不可能であったこと、注文伝票には「電注」の記載は一つもないから全て来店による注文ということになるが、原告が来店できない日でも受注したことになり不合理であること等に照らすと、Bらが無断売買ないし一任取引を行ったことは明らかである。

(4) 過当売買(全取引関係)

証券会社には誠実、公正義務がある(旧証券取引法四九条)から、顧客の利益に優先して自己の利益を追求してはならないのであり、①売買の回転率(投資額が証券取引で何回転したかを示す数字)、取引の頻繁性、②手数料金額・割合の過当性、③顧客口座の支配、④信頼を濫用して利益を図ったこと等の要件がある場合には右義務に反する過当売買として不法行為責任を免れない。

① 取引の頻回性、回転率

平成八年九月二四日から同九年九月三〇日までの売買総数、手数料、取引回数は別紙一のとおりであり、取引総額は一五億六五五五万七五二〇円、取引回数四四四回、殊に信用取引の場合には取引総額が一三億一七五三万八一八五円、取引回数が三六二回であるところ、その保有日数は、別紙売買明細表(信用)のとおり、一〇日未満が一八一件のうち六八件、一〇日以上三〇日未満が三七件、三〇日未満の合計が一〇五件、二日以下が二八件である。これは信用取引の決済期間が三か月、六か月であることを考慮しても、極めて短期間の取引が頻繁になされているといわざるをえない。また、売買回転率は信用取引総額に限定しても一五・三七であり、売買回転率が六回を超えた場合、過当売買とみなされるという考え方を考慮すると、正常な判断の下における取引とはいえない。

② 手数料総額

別紙一のとおり総額一三六〇万三六六〇円であり、信用取引に限定しても、売買手数料の総額は別紙売買明細表(信用)の末尾のとおり一一七〇万七三三四円である。

③ 無断・一任勘定

殆どの取引について原告に無断又は一任勘定で取引を行っており、取引の種類、銘柄、数量の多さ等から見ても口座支配の要件も具備している。

④ ①ないし③に照らすと、被告が原告の信頼を濫用して利益を図ったといえるから、過当売買の要件があることは明らかである。

(5) 前記(1)ないし(4)によると、Bらは、被告が原告から委託を受けた証券取引に関し、被告の被用者として業務の執行を行い、故意又は過失に基づき、原告に多大な損害を与えたものであり、不法行為責任を免れないから、被告は、使用者責任に基づき、原告の被った損害を賠償すべき責任がある。

(二) 被告

(1) 適合性の原則

原告は、f社、大会社の役員等を履歴する等、経済知識・社会経験も豊富であったこと、昭和五五年以降被告支店において株式売買、国内外の投資信託売買、ドル建てワラント売買を行う等、証券取引に関する知識・理解力・経験を十分有していたこと、外債等の預かり資産だけでも四〇〇〇万円を超過していたこと等に照らすと、別紙一の取引程度であれば適合性を有する。

(2) 説明義務

Bは、Cとともに原告に対し、商品の特質・仕組み等を説明した。殊に、信用取引については、保証金(株券等)の預託を要し、追加保証金が生じる場合もあり、元本保証がない等のリスクを説明した。

(3) 無断売買

被告は、店頭又は電話により、Bらの説明等を参考にしながら、買付・売却の注文をしていた。原告は、月次報告書・回答書を見ては、Bらに毎月の取引内容、現在の状況、今後の見通し、預かりの状況等を質問していたが、取引自体について苦情を述べたことはなかった。

(4) 過当売買

① 原告の購入した銘柄の価格、頻度は他の信用取引の顧客に比較しても平均的であること、原告の信用取引の約定日は分散しており、一度に一、二銘柄に限定されていること、売買期間も長期保有が多く見られ、日計り取引(株式や債券の取引について即日反対売買を行う超短期売買)は殆ど存在しないこと(原告主張の保有期間に照らすと、短期間とはいえず正常な取引である)、取引規模も極端に大きいものは存在せず、殆どが数百万円程度であること、同一銘柄の売買の繰り返しは殆どないこと、被告の手数料額が損失額の四四パーセント、信用取引額の三八パーセントというのは格別問題のない手数料額であること、確定した利益と損失の発生も分散しており異常性はないこと等に照らしても格別問題はない。

② 無断取引・一任勘定取引ではないから、被告が原告の取引口座に対する支配を及ぼしていないことも明らかである。

③ 原告は、平成八年五月以降、外国債券を徐々に買い増しして預かり資産を約六〇〇〇万円としたが、これは信用取引の預かり資産として十分であり、同八年九月以降、これを担保として信用取引を開始したため、売買の回数が多くなったにすぎない。殊に、原告が信用取引をした同八年九月から同九年九月の間は、同九年一月、二月の一時的な低迷(同時期には原告の自主的判断で信用取引を控えた)は別として、全般的に相場がよく証券取引が活発に動いていた時期であるから、売買回数が多くなるのは不自然なことではない。また、信用取引は投機的性格から一般に金額・売買回数が多くなる傾向があるものである。

2  損害額

(一) 原告

(1) 取引による損害

平成八年一〇月三一日現在の全取引の簿価は六五二六万二九一六円であったところ、これから信用取引清算時である同九年一一月二八日現在の全取引の簿価は二八九五万八〇〇〇円であり、右期間中、被告から振込のあった五七九万九一六九円を控除すると、原告の損害は三〇五〇万五七四七円を下らない。

(2) 弁護士費用

原告は、本件訴訟の提起・追行を原告代理人弁護士に委任したものであり、弁護士費用としては三〇〇万円を下らないと認めるのが相当である。

(二) 被告

争う。

第三判断

一  事実経過等(争いのない事実等、甲第一号証、第二、第八号証の各一ないし一一、第三号証の一ないし五、第四ないし第六号証、第七号証の一ないし八、第九号証の一ないし三、第一〇号証、第一一号証の一ないし二〇、第一二ないし第一七号証、第一八号証の一、二、乙第一ないし第三号証、第四号証の一ないし四、第五号証、第六、第二二、第二四ないし第二八、第三〇、第三一号証の各一ないし三、第七ないし第一一号証、第一二号証の一ないし一七、第一三号証の一ないし五、第一四号証の一ないし二七、第一五号証の一ないし二六、第一六、第一七号証の各一ないし一一七、第一八号証の一ないし七、第一九号証、第二〇、第二一、第二三、第二九、第三二号証の各一、二、第三三ないし第三五号証、証人D、同B、同C、原告の各供述、弁論の全趣旨を総合すると、次の事実が認められ、前掲証拠中、これに反する部分は措信できず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない)。

1  原告は、昭和五五年六月三〇日、被告支店に取引口座を開設し、同日、ミリオン二〇〇万口を買い付け、証券取引を開始した。また、同六一年一一月一九日付、平成元年八月二日付で外国証券取引口座設定約諾書を、同元年一〇月四日付で同約諾書及び外国新株引受権証券の取引に関する確認書をそれぞれ差し入れた。そして、原告は、総合取引約款等に基づき、別紙二(同八年九月一三日までの取引欄)のとおり、頻繁に株式、国内外の投資信託、債券(外債、転換社債を含む)、ドル建てワラント(乙第一号証の21頁、第五号証、第六号証の二)、新株引受権等の取引を行ってきたが、いずれの場合にも被告支店の担当者からパンフレットを示されたり、証券の銘柄、購入価格等の説明を受け、自らの判断で納得して買い付けた(原告本人尋問において自認する事実。なお、原告は、右のとおり供述しておきながら、その後、「自己が外債、投資信託、ワラント取引をしたことは知らなかった」等と供述内容を不自然に変更しているが、原告は、被告支店の担当者から説明やパンフレットの交付を受けて取引していたのみならず、月次報告書により右取引内容の通知を受けていたのにワラント等の取引について苦情を述べたことを認めるに足りる証拠は全くないことに照らすと、原告は、商品名はともかく、まさにこれらの商品の特質を理解した上で取引を行っていたものと認めるのが相当である)。

2  被告支店では、平成六年四月一五日頃、Bが原告に対する営業担当者となった。原告は、しばしば被告支店を訪れ、Bから四季報(会社の業績、株価の値動きを記載)等に基づいて説明を受け、店内のチャートで値動きを確認してから、Bの説明を参考にして店頭ないし電話で個別的に買付・売却の注文を行った。その後、原告は、同八年春頃、家賃収入が五万円程度に減ったり、銀行金利の目減りも生じているとして、Bに対し、「よい商品はないか」と相談した。そこで、Bは、パンフレットで金利(ドルベース)や償還期限等を示しながら、円高による為替リスクがあるため、円ベースでの元本・利息保証はないが、高利の期待をもてるとして外国債券を推奨した。これに対し、原告は、パンフレットを自らも読んで為替リスクによって外債の場合には確定の金利、利息を期待できないことを知りながら(原告も本人尋問において「外債の金利、償還期限等のパンフレットに記載されている事項は自らも読んで理解したし、為替リスクも分かっていた」旨を認めている)、同八年五月二一日に米州開発債を、翌六月四日に国際金融を買い付けた。殊に、後者は、大口の買付であったことから、Bは、副支店長に直接面談してもらい、慎重に購入意思を確認する必要があると考え、事前にパンフレットを交付(同事実は原告本人尋問において自認する事実)した上、Cとともに取引場所の船橋駅前の喫茶店に赴いた。席上、Cは、国際金融債のパンフレットを示しながら、銘柄の説明、ドルベースの金利であること、外債には為替リスクがあり、円高になると為替差損が生じること、元本保証はないこと等を説明したところ、原告は、事前にパンフレットを読んでいたこともあり、直ちに二〇〇〇万円相当の国際金融債を買付注文し、買付資金として持参していた二〇〇〇万円の小切手を交付した。その後も、原告は、Bらの右同様の説明を受ける等して別紙売買明細表(外債)のとおり外債の売買を行った。

3  右経過の中で、原告は、同八年九月一八日頃、被告支店に為替・株式の動向、資産状況の確認に来た。その際、Bらは、原告が保有していた第二電電(DDI)が株価を下げていたので、難平買い(既に買い付けた株式が下落している場合、将来株価が上がるという見込みのもとに、同一株式を買付して買値の平均を下げておき、実際に値上がりしたときの平均利益を増やし、当初買い付けた株式の下落による損失を補填する手法)を提案した。しかし、原告は、難平買いに魅力を感じながらも買付資金がないとしてこれを断った。

これに対し、Bは、原告からの預かり資産が四〇〇〇万円を優に超えていたことから、買付資金が不足していても取引可能な信用取引を勧めようと考え、副支店長のC(被告支店では、信用取引を開始するに先立ち、副支店長クラスによる面談・説明が義務づけられていた)に相談したところ、Cも賛成した。そこで、BとCは、原告に対し、支店長室で約一時間かけて信用取引制度説明書(乙第一九号証)を示しながら、逐次、記載に沿って信用取引の仕組み、内容、リスクを説明した。例えば、①委託保証金(預かり保管中の株式や投資信託等)を担保に入れ、売付に必要な株券や買付に必要な資金を借り入れて売買し、選択した三か月以内ないし六か月以内に決済する必要があり、借入については利息もかかること、②出捐する資金以上の取引が可能になるから、資金に比べて大きな利益を期待できるが、予想と違った場合には損失も大きくなること、③委託保証金は、預託を受けている投資信託等が担保となる場合と信用取引の建玉の一〇パーセント相当の現金が担保になる場合とがあり、維持率三〇パーセント(維持率が二〇パーセント未満にならない場合でも追い証があり得ることは前提事実5(2)のとおり)を割ると迫加保証金を差し入れる必要があること、④委託手数料の他、金利等の諸経費が必要であること、⑤空売り(現物株と異なり、売りから入って下がれば買い戻す方法)も可能であること、⑥決済には信用取引で建玉しているものについて現金を入れた現物を引き取るか、別金を出して期間を延長する方法(クロス)があること等を説明した。しかし、原告は、信用取引をするかどうか即答を避け、検討する旨を述べた。そこで、Bは、「何度も読んで下さい」と念を押しながら、信用取引制度説明書を手渡した。同説明書には、十分に読んで信用取引を行うように注意が喚起され、信用取引の内容・仕組み、信用銘柄、委託保証金、委託保証金率、現引等の基本的仕組み、追加保証金が生じるリスク、反対売買又は代金を支払うこと等のBらの説明した内容が要領よく平易に記載されていた(この点、原告は、「全然読まなかったかどうか定かではない。しかし、Bは、危険はないと説明していたので、注意して読まなかったと思う」旨を供述する。しかし、原告は、自分自身を「安全性を重視する投資家」であると本人尋問において自認しているが、仮にそうならば、Bらの説明のみで納得し、わざわざ何回も目を通すように注意を喚起された説明書を読まなかったというのは著しく不自然であるのみならず、従前、各種証券取引を経験してきたのであり、新たに自己資産の数千万円単位の保証金を預託して信用取引を開始することになったのであるから、投資対象である商品の説明書を精読するのが通常の事態の推移であることに照らすと、前記供述部分は到底信用できない)。

右経過を辿り、翌一九日頃、原告が来店したことから、Bは、再度信用取引に関する説明をしたところ、原告は信用取引の開始を希望した。しかし、Bらは、直ちに原告と信用取引を開始せず、翌二〇日(金曜日)頃、来店した原告に対し、念のために信用取引に関する説明を改めて行ったところ、原告の意向に変化はなく、Bらの求めに応じて被告宛に信用取引口座設定約諾書(乙第七号証)と信用取引制度と題する説明書を受領した旨の書面(乙第八号証)を差し入れ、信用取引口座を被告支店に開設した。ここに至り、Bは、原告に対し、チャートブックと四季報をコピーして手渡し、DDI株式の信用取引を推奨したが、原告は、自ら選択した三井不動産株式の信用買付を求めた。そこで、Bらは、原告の希望を尊重するとともに新電元株式も勧めたところ、原告は両株式の信用買付を決断した。しかし、右申込は午後三時以降であり、既に株式市場が閉まっていた。そのため、Bは、次の取引日であった九月二四日(火曜日、二三日の月曜日は祝日のため市場は休み)の午前に事務を処理し、三井不動産関係については、受注日時・同八年九月二四日午前八時四七分、約定日時・同日午前九時と、新電元については受注日時・同日午前一〇時三三分、約定日時・同日午前一〇時三五分、四四分、四七分と各委託株式注文伝票(乙第一六号証の一、二)に記入した(同伝票には、買付注文株数、指値、弁済区分等とともに注文区分「本日、電注、翌注」の記載欄があるところ、被告支店では市場終了後の受注の場合には、現実は「翌注」の事案でも「翌注」処理の記載をせず、現実の約定日を受注日として処理し、「本日」受注したという形式処理をする例が多かった)。

以後、原告は、別紙売買明細表(信用)のとおり信用取引を行ったが、最終的には被告の原告からの預かり資産は約六〇〇〇万円に達し、これが信用取引の委託保証金となったことから、原告の信用取引の枠が一層拡大することになった(なお、原告の信用取引の対象となった銘柄の価格や取引回数等が他の信用取引の顧客に比較して異常であったことを認めるに足りる証拠はない)。

4  その後、同八年一一月頃に至り、相当の円安状態になったことから、Bは、買付済みの外債の売却時期として原告に有利であると判断した。そこで、Bは、原告に対し、外債を売却し利益を確定してはどうかと勧めたところ、原告がこれに同意したことから、Bは外債を売却して原告の指示に基づき利益の一部一一万円を原告宛に送金した。その際、原告は、右売却代金で、新たにMMF、ダイナミックオープン、現物株式のいずれかを購入することになった。そこで、BとCは、同八年一一月二一日、原告が被告支店を訪れた際、パンフレットを示しながら、ダイナミックオープンは株式(日本の株式を代表する二二五銘柄)を組み込んでおり、日経平均の連動に伴って利益も損失も生じるから値上がりを期待できるが、リスクも伴い、元本保証のない投資信託であること、短期債を中心とするローリスク、ローリターンながら一か月後に換金可能な投資信託であるMMFと異なること、信用取引の担保に入ること等を説明した。これに対し、原告は、ダイナミックオープンを選択したことから、Bは、翌日、買付注文処理を行った。その後も、原告は、Bらの右同様の説明を受ける等して別紙売買明細表(投信)のとおり投資信託取引を行った。

(原告は、「外債を売却した際、金利の安いMMFのポスターを見てBに質問したところ、殆ど銀行金利と変わらず元本保証があるという説明があったので、現金みたいなものであると判断してこれを注文した。ところが、Bが無断でダイナミックオープンを買い付けたことから、抗議したところ、B、Cは陳謝しながらも大して変わりがないと弁解した」旨を供述する。しかし、前記認定のとおり、原告は預金の目減りを懸念し、かつ、月額二〇万円程度の利益を得たいとして被告支店に相談を持ちかけ、敢えて元本保証のない外債を購入したのであるから、外債の売却代金により、「元本保証はあるが低金利で銀行預金と変わらず、現金みたいなMMFを購入した」というのは著しく不自然であり、右外債の購入経過に照らすと、原告はダイナミックオープンの買付を選択したと見るのが自然であるから右供述は信用できない)。

5  右過程において、原告は、被告との取引過程において、通常の顧客では珍しいともいえる頻度、即ち、被告支店に毎週一回、多いときには数回も顔を出し、支店常備の株式チャートブック、四季報、支店の値動きを示すボードを見ては株価動向を見ていたのみでなく、Bに対し、閉店日以外は殆ど連日のように電話をかけては、銘柄等に関する情報提供や株価動向に応じた売買のタイミング等を相談してきた(原告ができる限り自宅に電話しないよう希望していたことから、Bらは月数回程度電話したにすぎなかった)。これに対し、Bは、原告に対し、四季報の株価チャートの動き、コンピューターに入力済みの情報等に基づいて銘柄案内等をしていた。原告は、右説明や資料を基礎として購入銘柄、数量、買付金額等を検討し、店頭ないし電話で発注していたが、Bが推奨した銘柄の中で約定に至ったのは六、七割程度にすぎず、例えば、三井不動産、大都工業、勧角証券等の株は原告が自ら選択した銘柄であった。

他方、被告は、毎月原告に対し、月次報告書(甲第一一号証の一ないし一七号証)や回答書(乙第二〇号証ないし第三二号証の各枝番号)を送付していたが、これらには、保有銘柄、取引の種類、取引の区分(売買)、内容、数量、単価(購入価格、処分価格)が記載され、更に月次報告書の信用取引以外の「金銭の移動明細欄」には「+」「-」、信用取引の評価損益欄には「+」「-」で金額が表示されており、これらを見れば損益を容易に認識可能であった。そして、原告はこれらを受領するや、毎月被告支店に持参してはBらから取引内容に関して具体的説明を受けた上、回答書に署名捺印していた。その際、原告は、別紙一の取引により、損金が発生したことに苦情を述べたことはあったが、取引銘柄・取引自体、手数料稼ぎである等の苦情や抗議をしたことはなかった。

(原告は「回答書のみを持参した」と供述するが、月次報告書と回答書は同封して毎回送付されていたものであり、原告が回答書を被告支店に持参したのは、Bらから取引内容、経過に関して説明を受けるためであったのであるから、月次報告書を殊更分離して自宅に置き、回答書のみを持参していたというのは不自然であり到底信用できない。また、原告は「一般株については損得をチェックしたが、信用取引の結果についてはチェックしなかった」「Bには回答書の内容を確認したが、具体的数字の説明はなかった」「どの程度の利益を生じているか等の数字を確認しなかった」旨を供述するが、千万単位の保証金をつぎ込んだ信用取引に関してかような態度をとったというのは著しく不自然でありこれまた信用できない)。

6  この間、同九年二月以降、株相場が下がり続け、委託保証率が三〇パーセントを割ったことから、Bは、同九年四月一〇日、原告に対し、その旨を連絡し、翌一一日、Cを交えて原告と協議し、特殊陶株を売却して保証金の維持率を確保すること、宇部興を売却し日立電線等の銘柄を買い付け、少しずつ損失を取り戻すということになったが、同九年六月頃から七月頃にかけて次第に信用取引の損金が多くなった。このような時期に、原告は、Bらの求めに応じて、同九年六月一九日、被告が独自に指定した銘柄の信用取引において、被告が増担保又は発注時前の保証金の預託を請求した場合には、これに応じる旨の信用取引に関する確認書(乙第九号証)を差し入れた。

7  その後、同九年九月に至り、原告の長女から問い合わせがあり、BとCは、取引内容を説明した。原告は、その時点から、従前の態度を翻し、不当取引である旨を主張するようになった。

二  検討(前記認定の事実を前提)

1  適合性の原則違反の有無

(1) 適合性の原則は、証券会社が顧客に対する投資勧誘に際し、顧客の投資目的、財産状態、投資経験等に照らし、不適合な証券取引を勧誘してはならないというものであるところ、前記認定のとおり、①原告はb大学を卒業し、d社を退職後、民間会社の取締役を複数歴任し、相当程度の社会的知見・素養を有していたのみならず、別紙一の取引当時は満六八歳(現在の「高齢化社会」にあっては、証券取引の適合性に関して問題となるような年齢ではない)にすぎず、会社の顧問として活躍していたこと、②同八年九月当時、原告は、資産約五〇〇〇万円や自己名義の不動産も保有し、依然、会社の相談役として現役で勤務して報酬の支払を受けていた者であること(銀行等からの借入金で委託保証金を調達して信用取引等を行おうとしたわけではない)、③原告の投資目的は預貯金の目減り等による不利益を解消し、月額二〇万円程度の投資利益を確保するというものであり、直ちに投資資金により生活を維持しなければならず、その資金にも余裕がない場合とは異なること、④原告は、別紙二のとおり、頻繁に証券取引をするようになった昭和六〇年三月から平成八年九月当時までに一一年余り(最初の株取引の時点である昭和五五年を基準にすると一六年余り)の株投資経験を有し、この間、ワラント取引等も行い投資経験も豊富であり、証券取引に関する知識も相当有していたこと、⑤原告は、毎月の月次報告書を被告支店の店頭に持参し、Bらの説明を受けてから、回答書に署名捺印する等、終始、自己の取引に関心を持ちながら取引していたのであり、Bらから言われるままに取引する傾向はなかったこと等に照らすと、原告が別紙一の取引を行う適合性がなかったとまでは認め難い。

このことは、原告主張のとおり、旧証券取引法五四条一項一号は、「有価証券の買付け若しくは売付け又はその委託について、顧客の知識、経験及び財産の状況に照らして不適当と認められる勧誘を行って投資者の保護に欠けることになっており、又は欠けることになるおそれがある場合」には、内閣総理大臣が是正監督命令を出せる旨を規定しているが、被告に対し、別紙一の取引に関して是正監督命令を出されたことを認めるに足りる証拠はないことからも首肯することができる。

(2) 原告は「技術畑」の人間であったから適合性はなかった旨を主張するが、技術畑の者か否かを問わず、信用取引、投資信託、外債取引等は経済取引自由の社会において広く認められている投資手段であるから、技術畑の人間であるということから当然に適合性がないとはいえない。

なお、原告は、Bらは、原告が新たな資金の提供ができないことを熟知しながら、信用取引を勧誘した旨を主張する。しかし、前記(1)の事情に加えて、信用取引は資金がない場合に委託保証金の額を超えた取引を可能にする点に「信用取引」としての妙味があるから、「新たな資金を提供できない」ことが直ちに適合性違反に直結するものではないこと、「手持ち資金」のない顧客が信用取引を開始する場合に銀行等から金員を借り入れ、これを委託保証金として預託することもありうるが、原告の場合には自己資金であり、借入金を委託保証金として預託したものではないこと等に照らすと、原告が「新たな資金を提供できない」と述べたのに対し、被告側が信用取引を勧誘したとしても何ら違法ではない(なお、証券会社は、顧客の全資産を把握した上、信用取引を開始するのが望ましいが、顧客が証券会社に自己の全資産を正確に告知するとは限らないし、顧客から全資産を証する資料の提出を要求できるわけではないのであり〔顧客のプライバシーに対する過度の干渉となり取引に支障を生ずることもあり得る〕、仮に被告側が原告の全資産を把握しないまま信用取引を行ったとしても、被告が原告に対して損害賠償支払義務を負うという意味での法的義務違反があったとまでは認め難い)。

2  説明義務

Bは、原告に対し、株や外債については一部説明したが、その他の取引については仕組み・リスクを説明せず、殊に信用取引については「現金がなくても取引できる。外債よりも利益を見込める。原告の取引額は四〇〇〇万円以上になっているが、そのような顧客は皆信用取引をしている。小規模で損が出ないように取引をする。月額二〇万円程度は確実に利益が上がる」、MMFについても「買付約束に反してダイナミックオープンを無断で購入しながら、両者は同じようなもの」等と虚偽の事実を申し向けたり、断定的判断を提供した旨を主張し、甲第一〇号証、原告の供述中にはこれに副う部分がある。

しかしながら、前記認定の事実のとおり、①原告は、昭和五五年六月から、株式、国内外の投資信託、債券(外債、転換社債を含む)、ドル建てワラント等に関する取引を行ってきたが、いずれの場合にも被告支店の担当者の説明に納得して買い付けて来たものであること、②Bらは、原告に対し、外債(為替リスク、元本保証なし)、投資信託(元本保証なし)、信用取引(投資額に比べて大きな利益を期待できるが予想と違った場合には損失も大きくなるハイリスク・ハイリターンの商品であること、委託保証金・追い証の必要性、決済期間が三か月と六か月に制限されている)等の各商品の主要な特質、仕組みをパンフレット等を示しながら説明したこと、③原告は、被告宛に外国証券取引口座設定約諾書、貸借銘柄以外の銘柄の信用取引に関する承諾書、信用取引口座設定約諾書、確認書等を差し入れたこと、④特にBらは、原告に対し、信用取引の説明を数日間に三回も行い、信用取引制度説明書を手渡して熟読するよう注意を喚起した(原告も本人尋問において「Bからパンフレットを何度も読むように言われた旨を自認している)ところ、原告は取引を即断せず、自ら数日間検討後に取引意思を確定的にしたことに照らすと、被告は、原告に対し、各商品の仕組み・内容等を具体的に説明したというべきであり、前記原告の社会的経験、証券の取引経験等によると、原告も各商品の主要な要素を理解して各取引を行ったと認めるのが相当である。また、「絶対儲かる」旨の断定的判断の提供があれば、別紙一の取引により損害が生じた過程において、原告側から「絶対儲かるといわれたのに約束違反である」旨の抗議が早い段階からなされるのが自然であるのに、原告が被告側に対し、当該抗議をしたことを認めるに足りる証拠もない。

よって、原告主張の説明義務違反はもとより、断定的判断の提供を認めることはできず、他にこれを認めるに足りる証拠もない。

3  無断売買又は一任売買

(1) 原告は、別紙一が無断売買ないし一任売買である旨を主張し、甲第一〇号証、原告本人尋問中にはこれに副う部分があり、殊に、原告は、本人尋問において、「信用取引については、電話注文はもとより、店頭に行って注文したこともない。自ら銘柄を選択したこともない」「従来は一般株の銘柄について事前の説明があったのに、信用取引開始以降、株式を勝手に買い付けるようになった」旨を供述している部分もある。

しかし、前記認定のとおり、原告は、頻繁に被告支店を直接訪れ、株式チャート、被告支店設置の株価ボード等の値動きを見ては個別的に買付・売却の注文をしたり、来店しない日には電話で買付・売却の注文を行っていたのであるから、無断売買ないし一任売買の事実は到底認め難い。

このことは、①前記のとおり、月次報告書や回答書を見れば損益を容易に認識可能であったにもかかわらず、原告は、本人尋問において「信用取引以外の取引については月次報告書により損益をチェックしていたが、信用取引についてのみは損益をチェックしなかった」等と著しく不自然かつ不合理な供述をしていること、②原告は、多額の自己資産を被告との取引に投資したのであるから「損益」に注目するのが自然であり、自らこれをチェックしたり、Bらに月次報告書に基づいて具体的な説明を求め、少なくとも無断売買で損失が生じた銘柄については、遅滞なく無断取引に抗議して取引を中止し、他方、一任売買であれば、取引による損失が生じているとして銘柄の選択や取引回数等に関する苦情を述べ、取引を中止する等の対抗処置をとるのが通常の事態の推移であるのに、原告は、毎月、被告側から、前記のように取引明細、損益等を容易に認識可能な月次報告書・回答書の送付を受け、これらを被告支店に持参し、直接Bらから説明を受けた上、回答書に署名捺印して差し入れていたが、無断売買等を理由とする抗議を全くしていないこと、③甲第一七号証、原告の供述によると、原告は、平成八年一二月一九日午後に出国して同月二五日に帰国しているが、争いのない事実等8、甲第一三号証、乙第一七号証の三〇、弁論の全趣旨によると、この間の取引は皆無であること等からも首肯することができる(原告は、「ダイナミックオープンについては月次報告書を見て初めて無断で買い付けられたことが分かり抗議した」旨を供述するが、仮にそのとおりであれば他の無断取引についても同様の抗議をするはずであるのに、これを認めるに足りる証拠がないことに照らすと、右供述は不自然であり到底採用できない)。

(2) 原告は、「被告主張の受注日時は、別紙三のとおり原告の執務中、通勤途中、ゴルフコンペ中等にそれぞれ受注したことになるから、原告が客観的に発注できない時間帯での注文であり、原告の意思に基づかないものである」旨を主張し、甲第一〇号証、原告の供述中にもこれに副う部分がある。

しかし、前記認定の事実、乙第三三ないし第三五号証、証人B、同Cの各供述、弁論の全趣旨によると、①証券取引市場の取引時間は、月曜日から金曜日までの祝日を除く、午前九時から午後三時までであるから、午後三時以降に受注したものについては、当日の発注は不可能であったため、翌日以降の取引日の市場開始とともに順次売買の約定を行うこともあったこと(例えば、三井不動産、新電元の信用取引は、同八年九月二〇日〔金曜日〕頃に受注しながら次の取引期日である同八年九月二四日〔火曜日〕午前の市場開始直後に入力処理がなされた)、②Bは、委託株式注文伝票に注文を受けた日時を記載せず、現実にコンピューター入力して市場に発注した日時の直前の日時を記載していたこと(顧客の中には前日買い注文等をしておきながら、株価動向の急変等を知って撤回したり、銘柄を変更、指値の変更等を通知してくることもあるため、Bは、当否はともかく、委託の趣旨に反しない範囲内において、前日に委託があっても手控えに留め、正式に注文する際に伝票を起こす処理をしていたことから、伝票にはBが現実に発注行為を行う直前の日時が記載され、顧客からの委託日時が記載されるとは限らないという実情があった)、③市場が開いている間の委託注文についても、原告の場合には、指値による注文も多く営業開始後に希望の売買が成立しないこともあったため、翌日以降の取引成立になることも避けられなかったこと、④原告は、確認の署名捺印手続の過程においても保有銘柄、保有数量、預かり資産を含め、自己の関知していない取引がある旨の異論を述べたことはなかったこと等に照らすと、別紙三記載の日時が原告において発注困難な時間帯であったとしても、当然に被告側が無断取引等を行ったことにはならない。

(3) もっとも、前記のとおり原告は電話注文したこともあるのに、委託株式注文伝票には「電注」の記載はないことが認められる。

しかし、乙第三三ないし第三五号証、証人B、同Cの各供述、弁論の全趣旨によると、乙第一二、第一七号証の各一の委託株式注文伝票(買・売)の注文区分のうち、「本日」とは電話、来店を問わず「本日の注文」の意味であり、「電注」とは通常は市場にコンピューター入力で発注するが、特殊銘柄、ファイナンス機関の銘柄、株数が非常に多い場合に「電話で証券取引所の担当者に直接注文する」ことがあり、この場合の処理を「電注」という略称を使用していたことが認められる。

そうすると、「電注」の記載がないことから、当該注文を「来店による発注」であると考えることはできないので、来店不可能な日に「来店による発注」があった旨の記載があるとし、これらを「無断取引」であると断じることはできないのである。

4  過当売買

(1) 原告は、被告との取引は、①売買の回転率・取引の頻繁性、②手数料金額・割合の過当性、③顧客口座の支配、④信頼を濫用して利益を図ったこと等の要件があるから、過当売買に該当し、違法である旨を主張する。

ところで、売買回数、資金回転率、手数料金額・割合の過当性が一定割合を超えた場合に過当売買となって違法になるという法的基準、証券業界の取り決めが存在しないことは裁判所に顕著な事実であり、顧客の投資経験、投資額の規模・方針等により、右数字、比率が異なるのは当然である。

そこで、一般的な数値により当該売買が過当であるとの基準を示すことはできないし、顧客の個別的な同意がある本件のような場合には、過当売買により当該取引が違法といえるためには、前記①ないし③の要件はもとより、証券会社の「詐欺目的」ないし「顧客の利益を無視し、自己の利益を図る」等の信頼を濫用して利益を図ったことが明白であることを要するというべきである。

(2) これを本件についてみると、前記認定のとおり、①原告は、学歴、従事した業務、役職、年齢等に照らし、豊富な社会経験、知見を有する者であり、別紙一の取引当時までに一五年以上も現物株、投資信託、債券、ワラント取引等を経験し、証券取引の知識、経験も豊富であったのみならず、殆ど毎週一回、多いときには二、三回来店したり、頻繁に被告支店に電話をかけては、取引注文の他、相場の現況、保有銘柄の値動きを確認したり、Bに相談する等、熱心な投資家であり、かつ、取引内容についてもBらから保有銘柄の値動き等に関する具体的説明を受けながら取引を続行していたこと、②原告は被告側に対し、月額二〇万円程度の利益を上げることを希望していたのであり、バブル崩壊後の不況下にあった平成八年九月からの証券投資により、毎月二〇万円以上の利益を確保することは容易なことではなく、自ずから右利益を確保するには投資金額や取引回数が増えることは不可避であったこと、③別紙一の銘柄の全てをBらが推奨したものではなく、原告においてBらの推奨した銘柄を拒絶した例も相当存在すること(Bらが推奨した銘柄のうち三割ないし四割程度は原告が自ら断っている)、④個々の取引は、個別具体的な原告の意思に基づくものであることに照らすと、別紙一の取引に関し、Bらの意向が原告の意向に優先する状態にあったことはもとより、専ら手数料稼ぎのため、原告の信頼を濫用して詐欺の目的や顧客の利益を無視して利益を図ったとまでは到底認め難い。

このことは、別紙売買明細表の信用取引を除く平成八年度以降とそれ以前の取引経過を見ても頻度において有意的な相違は認め難いし、他方、信用取引は投機的性格から取引の価格・頻度が多くなることは一般的な傾向であるところ、原告の買い付けた銘柄の価格、取引回数が他の顧客の信用取引に比較して異常であることを認めるに足りる証拠はないこと、別紙売買明細表(外債)のとおり、原告は、平成八年五月以降、外国債券を徐々に買い増しして預かり資産が最終的には約六〇〇〇万円になり、これを担保として信用取引を行ったのであるから、売買の回数・金額が多くなることは不自然ではないこと、別紙一(別紙売買明細表)のとおり、原告の取引の約定日は分散し、一度に一、二銘柄に限定され、しかも日計り取引は殆ど存在せず、取引規模の殆どが数百万円程度であり、同一銘柄の売買の繰り返しは殆どなく、確定した利益と損失の発生も分散しており格別の異常性はないこと、原告名義の注文は指値によるものが非常に多いが、Bらが原告の犠牲において手数料収入を得る目的で、無断売買等を繰り返したのであれば、あえて「指値による注文」形式をとる必要はないから、指値注文が多数存在する事実は、原告の意思が注文に関与している証左であり、Bらが原告の利益を犠牲にして手数料を上げる目的で行動していたと認めるには合理的な疑いがあること、乙第二号証によると、原告の計算において平成八年九月二四日から毎月取引が行われているにもかかわらず、同九年一月八日から同年二月一二日まで一か月以上にわたり全く信用取引がなされていないことが認められるが、右同様、Bらが手数料稼ぎを考えて無断売買等をしていたのであれば、一か月以上も長期にわたり信用取引を中止するというのは不自然であること等からも首肯することができる。

5  なお、甲第一〇号証中には、「Bは、原告に対し、社内で自分の行為は一任売買ではないかと批判されている旨を話してくれた」旨の記載があるが、乙第三五号証中には反対趣旨の記載がある上、Bが自ら違法な行為をしている旨を顧客である原告に殊更話したというのは不自然であり、到底信用できない。

第四結論

以上のとおり、被告には、原告に対する不法行為に基づく損害賠償請求権は、その余の点について判断するまでもなく理由がないから、主文のとおり判決する。

(裁判官)

<以下省略>

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